アラフォー無職のバイクヒストリー

歴代28台オートバイ

僕がバイクに興味を持つようになったきっかけは何だっただろうか。中学生の頃ヤンキー漫画にハマっていた僕は、カメレオン特攻の拓湘南純愛組に登場する王道のヤンチャネイキッドバイクの格好良さに憧れを抱くようになっていました。また僕が幼い頃に離婚して離れた父がバイク乗りだったこともあります。

車体やらパーツやら大量に仕入れ、仕上げては売り捌く、それはもうほとんどバイク屋に近いようなもので、そんな父が僕のバイクライフに最も影響を与えたのは間違いないでしょう。

そんな僕のバイク歴が以下となります。↓

 

16歳、高校1年生の冬に中免(普通自動二輪免許)を取得し初バイクGPZ400Rに乗って以来、現在39歳になった僕のバイク歴はなんと28台にも上ります。全て実際に自分名義として所有した数です。その内27台が20代までに乗り継いだ数になります。そしてなんと10代のうちに12台も乗り継いでいたんです。結婚し30代以降はすっかり落ち着いてきて、今のバイクCB1300SFがもう14年目になります。

 

管理人
管理人
それでは僕の23年間のバイク歴を紹介していくぜ

【初バイク~9台目】

【初バイク】 カワサキ GPZ400R (所有期間 1999年1月~4月)

中免を取得中であることを知った父が、息子に初バイクをあてがってやろうと、ほぼバイク屋並みのガレージから引っ張り出したのがこのGPZ400RブロスP2の2台。ヤンキー漫画御用達の旧車ネイキッドしか興味(知識)がなかった僕でも、Ninjaブランドだけにはビビっときて即決w 同時にアライのフルフェイス(オムニR)を買ってもらい、これが初ヘルメットになります。

王道ネイキッドスタイルしか許せなかった自分は、ブロスのような極太アルミフレーム剥き出しなネイキッドがずっと好きになれずにいました。(今は好きですw)なのでよく見もせず却下しましたが、後からブロスのプロアームも格好良かったな、なんて思ったりもしました。

BROS P2

候補その2だった BROS P2

GPZ400R

(所有時の写真無し)

年式は不明、アップハンドルKERKER管カムチューンTMキャブハイスロと、今思えば初バイクにいらんことしてくれるなやと思うほどのフルカスタム。実際乗り辛いことこの上なしでしたが、初バイクにNinjaという響きとフルカスタム、所有欲の喜びはいっぱいでした。

初バイクの喜びに浮かれ朝晩問わずあてもなく走りまくっていましたが、チューン具合がやはり初心者にはピーキー過ぎました。(特にハイスロが…)

当時の3ない運動の勢いがどのくらいだったか記憶にないのですが、通っていた高校では所有自体については寛容であったため時々こっそり通学に使っていた(近くの公園に駐輪w)のを思い出します。

【2台目】 ホンダ CD250U (所有期間 1999年4月~6月)

初バイクGPZ400Rについては譲り受けた時点で車検が近かったのですが、乗り辛さやトラブルの多さにどうしようかと父に相談したところ、新しいバイク(CD250U)が入ったとのことで、車検を通さずに乗り換える選択をしました。

CD250U

実際は赤タンクでヨンフォア風(所有時の写真無し)

このバイク、当時の僕にとっては勿論のこと、今でも少し謎多きバイクです。旧レブルと同じ空冷ツインエンジン搭載、250ccビジネスバイクという珍しいジャンルで、今まで自分以外で見かけたことがありません。

赤いタンクに黒のサイドカバー、ダブルシートと、ヨンフォア風に仕立て上げられた車体は、めちゃくちゃ僕好みの外観でしたが、とにかく見かけ重視で400ccが欲しかった僕にとって、ちょっとコンパクト過ぎたのが不満でもありました。また二眼メーター風なのですが、タコメーターが省かれ、代わりに各インジケータランプのスペースになっているのがダサいです。この辺がやはりビジネスバイクであることを思わされます。

しかし走り出せば低回転からトルクフルで、取り回しから乗り味まで軽快そのもの、ピーキー過ぎたGPZ400R改より圧倒的に乗り易くて、本来当時の自分に見合ったバイクであったと思います。

ただそのヨンフォア風の見かけから怖いお兄さん方に絡まれることが多く、ある時川沿いのサイクリングロードに入って逃げ切ったこともあります。そんなこともできちゃうくらい軽快なバイクでしたが、XJR400への乗り換えとともに父のもとへ返却しました。

【3台目】 ヤマハ XJR400 (所有期間 1999年7月~2000年7月)

17歳、高校二年生、人生で一番イキっていた時期でした。やっぱりハッタリのきく400cc、名のある車種が欲しかったんです。しかし父から与えられることに慣れてしまった身としては、バイク屋さん込み込みで買う気も余裕もありませんでした。

当時既にヤフオクもメジャーになりつつあったのですが、バイク個人売買といえばバイク雑誌のコーナーかバイク用品店の掲示板が主流だった気がします。
バイト代を貯めながら探していたところ、某大手カー用品店の売買掲示板に、なんと93年式XJR4007万円で出ていたのです。掲載者は某大学の自動車サークルの方で、キャンパス内のガレージまで引き取りに行きました。

XJR400

外装は黒から青に変更

しかし車検切れのため費用が心配だった僕に、売り主の学生さんがユーザー車検というものを教えてくれたのです。サークル保有の軽トラにバイクを積んだ後、なんとその足で車検場(自動車検査登録事務所)まで連れて行ってもらい、登録その他手取り足取り教えて頂いたのです。おかげで乗り出し10万円以下で済み大変助かりました。その後自身全てのバイクでユーザー車検を利用しています。

念願の400ccネイキッド、それはもう大のお気に入りで皆に自慢して回ったのを覚えています。外装は黒に金のサイドカバー、ここでカスタム熱もヒートアップしていきます。

サンセイマフラー弾丸ウインカースモークテールフェンダーレスタックロールシートアップハンドルメッシュホース、そしてとにかくイキりまくっていた僕は、GPZ400Rの乗り辛さに辟易していたにも関わらず、ノーマルキャブにファンネル直キャブ仕様なんてやるもんだから、更に乗り難いマシンになってしましました。

やっぱりヤンキーのお兄さんに絡まれることが多く、一度「一週間貸してほしい」と頼まれ、ちゃんと返してもらったものの、ハンドルが鬼絞りにされていたことがありますw

また学校帰りに校門の前でオカマを掘られたことがありました。シートカウル斜め後ろの軽い損傷で済みましたけどね。ただその時は被害者であるにも関わらず周りの生徒の目線、そしてバイク所有はともかく通学までは公に認められていたわけではないので、追突側の運転手さんが心配そうに駆けつけたのを、恥ずかしさの余り「全然大丈夫です」と逃げるようにその場を去りました。こちら完全停止していたのと、図らずも目撃者多数wだったので、ちゃんとやり取りすれば結構貰えたかも、なんて少し後悔しました。失うものも多そうでしたがw

その後、直キャブも元に戻しシートもノーマルに、外装を青に交換し、マフラーもPOSH製モナカ型マフラーに換装しました。せっかく良いフルフェイスのヘルメットを買ってもらったのに、当時は半キャップばかり被っていました。とにかくイキり散らした青春の思い出が詰まったバイクでしたが、CB750Kの完成費用のためヤフオクで約12万円で売却しました。

【4台目】 ホンダ CB750K (所有期間 2000年7月~10月)

18歳の誕生日と同時に大型自動二輪免許を取得、それはもう、すぐにでもデカいのに乗りたくなるのでした。しかし免許は取ったものの高校生にとって大型バイクなど高嶺の花でした。そこで既に父親譲りのヤフオク中古パーツ漁りが日課だった僕は、20年以上眠っていたという、ボロボロジャンクのCB750K書類付き部品取り車5,000円で手に入れたのです。最初はあの伝説のドリームCB750FourのK?と勘違いしましたが、ややこしいことにCB750FourCB750Fの間に登場したマイナーなモデルです。ほぼCB750Fよりの車体構成になっています。

CB750K

部品取り車なのでどうやって引き取りにいこうかと考えたところ、バイク仲間の友人と二人がかりで約20kmの距離を押して帰るという暴挙に出たのです。ブレーキが利かなかったので坂道は難儀しながら丸一日かけて運んだのは最悪で最高の思い出ですw ヤフオクや雑誌の売買コーナーで部品を集め、数少ないネット情報を頼りに組み上げた結果、20数年ぶりにエンジンがかかった時の感動は忘れられません。その時マフラーから埃か錆なのか大量の粉が噴出したのにびっくりしました。

そして自分でユーザー車検を受けに行き、晴れて大型バイク乗りに。79年式、自分が生まれる前のバイク、見かけだけは名車CB750Fourに似ているバイクです。これまた、まさか乗り出し総額10万以下運び・組み上げ労力プライスレスw)で大型バイクが手に入るとは思いませんでした。

車格も教習車とほぼ同じで癖もなく乗り易かったですが、XJR400と比べても車体が少しプアだったのは年式を考えると仕方なかったかもしれません。4本出しマフラーバラついた音は当時あまり好みではありませんでしたが、格好良かったので替えませんでした。キャブ不調(オーバーフロー)充電不良(レギュレーター)などに見舞われましたが、よりメジャーなCB750Fのパーツが流用できたので助かりました。あと初めて車体の盗難未遂に遭いました。(近所で発見)

【5台目】 ホンダ ビート (所有期間 2000年 8月~10月)

高校生にして大型バイク(CB750K)が手に入ったものの、周りはほとんどが原付(スクーター)乗りでした。確かに大型バイクだとちょっとした用では持て余し気味なのも事実。初バイクの頃は朝晩と用もなくあれだけ乗り回していたというのに、慣れた頃には便利なセカンドバイクが欲しいなどと生意気なことを考え出すのでした。

XJR400が予想以上に高く売れ、またCB750Kが思ったより安く済んだことから、ヤフオクで中古を探すくらいの余裕はありました。そこで見つけたのがビートというマイナースクーター水冷2サイクルエンジン気合の入った足回り二灯ライト、そして極めつけは専用ペダルによる加速装置?、V-TACS(可変トルク増幅排気システム)という奇天烈ギミック搭載。しかもその車体はエンジンが80㏄化されており(ここが落とし穴だった…)、約3万円と破格で手に入れたのです。

ビート

(所有時の写真無し)

80㏄なので当然周りのZXやZRの50㏄など目じゃない加速力でしたが、例のギミックの違いがわかりませんでした。そこでバラしてみたところペダルはどこにも繋がっていませんでした。なんとエンジン自体がリード80の物に載せ換えられていたのです。ですからペダルはただの飾りですし、そもそも水冷エンジンですらないのでラジエターも飾りです。でも、騙された~と思ってもいちいち怒り立てないのが当時のヤフオクの流儀「ノークレーム・ノーリターン」です…。

【6台目】 スズキ RGV250Γ (VJ21A) (所有期間 2000年10月~12月)

当時は膝スリに憧れ相変わらずイキっていた年頃、走り屋の聖地といわれた大垂水峠も地元から近かったこともあり、2ストレプリカの伝説は耳にしていました。

とにかく大きいのに乗りたくて大型バイク免許を取ったものの、NSRTZRなどの250ccの2ストレプリカにはまた別の畏怖のオーラを感じていました。ガンマって響きにもそそられたり。

確かに原付スクーターは便利だけれど、慣れてしまうと物足りなくなってしまい、大型バイクに対するセカンドなら250ccでも務まると思い(何と生意気な…)乗り換えを決めました。ヤフオクで確か7万円くらいだった記憶。当時のヤフオクは業者は少なく、僕はほぼ個人売買で購入していました。

RGV250Γ(VJ21A)

(所有時の写真無し)

88年式、Vツインになった時のモデルです。ピーキーなジャンルの中でも比較的マイルドで下から使えると定評あるNSRに対し、尖がってるといわれたガンマですが、なかなかどうして扱い易さに驚きました。Vガンマ特有の排気デバイストラブル対策、通称おたふすソース抜きも付けましたねw

ビートCB750Kも売却しガンマ1台体制になりました。ここからしばらく2ストレプリカの魅力にどっぷり漬かってしまいます。

【7台目】 スズキ RGV250Γ SP2 (VJ22A)  (7台目 所有期間 2000年12月~2001年2月)

気に入っていたガンマですが、右2本出しチャンバー倒立フォーク湾曲スイングアーム、17インチホイール採用の後継モデルの存在を知り、その格好良さに惚れてしましました。さらに乾式クラッチ大径キャブ、クロスミッション仕様(SP1)の上位モデルがあるのということで欲しくなってしまい、ビートCB750Kを売却した資金を加えて乗り換えました。

RGV250Γ SP2(VJ22A)

(所有時の写真無し)

ヤフオクで偶然近所からの出品があり、放置不動車ですが13万円で入手しました。ミッションがSTDと同じ仕様のSP2です。スガヤチャンバー&ECUが装着されていまいた。キャブのオーバーホールで動くようになりました。スガヤチャンバーの乾いた排気音、乾式クラッチを握ったときのシャラシャラ音、もう最高です。レーシーでしたね。

【8台目】 ホンダ VFR750K (所有期間 2001年1月~2月)

ガンマ1台体制だったところ、父から珍しい車両が入ってきたとの連絡が。なんとタダ同然で払い下げられたという教習車上がりのレア車両でした。登録費用自己負担で譲って貰えることに。ごちゃごちゃ付いている教習用灯火類(シフトランプ)も外したら高く売れましたwまたユーザー車検を通すとき気付いたのですが完成検査証による公道初登録でした。

VFR750K

(所有時の写真無し)

基本的にはVFR750F(RC24)のネイキッド&アップハンドル版でしょうか。教習車ですからポジション含め乗り易いことこの上ないです。V4エンジンですが180度クランクなので、高回転は直4並みになめらかでした。

しかし所有期間は僅か1ヶ月でほとんど車検までの整備期間でした。というのも、ある理由でかなり高く売却できることが分かったからです。それは白バイマニアや疑似白バイ仕様への需要がこの車両の相場を高く押し上げていたのです。またこのバイクの車検証提示が、当時の現役白バイVFR750Pとの共通パーツを入手するための数少ない手段だったらしいのです。結果ヤフオクで約30万で売却できました。

【9台目】 ヤマハ Vmax (所有期間 2001年2月~5月)

何と言ってもV4エンジンによる外観の迫力です。中学校への通学路で毎日のように見かけて以来ずっと憧れのバイクでした。と同時に自分が乗ることは無いだろうとも思っていました。そんなところにVFRの売却資金が…。当時大学受験も追い込みの時期、バイク遊びも控えつつありましたが、所有するだけでも幸せになれるバイク、そう憧れのVmax今こそ!でした。VFR750Kガンマの売却資金で中古45万円、初めてバイク屋さんで購入しました。
Vmax
真のフルパワーである88年式カナダ仕様、スーパートラップ4本出しOVERサブフレーム、その他ドレスアップなどカスタムしました。V-boostによる怒涛の加速プアな車体が、実際の速度以上に恐ろしく速く感じさせてくれました。今までで一番大事に乗りましたが、持病であるスタータークラッチとドライブシャフトの故障が発生しました。

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